年の瀬

 

年の瀬だ。

いよいよ今年も終わりということを意識し始めたときに、ふと思い出す会話がある。

いつの冬だったかもう忘れたけれど、同年代の友だちと近所のバーに飲みに行った帰り道でのことだ。ひんやりとした空気がちょうど良い夜だった。もう深夜になっていたと思う。僕とその友だちは駅前から離れるように歩き、大きな国道を渡り、南北に細長く伸びる公園沿いを南に向かって歩いていた。ハイボールをけっこう飲んだわりには意識はちゃんとあった。お互いに言葉数は少なくて、なにか一言質問すれば一言返ってくる程度の、温泉にどっぷり浸かった後の卓球遊びみたいにふぬけた調子で、特に何も考えなくてもまあ会話くらいは成り立つほどのことを話していた。あいつは元気かなぁ、さぁどうやろ、全然知らんな、とかそのあたりの会話だ。ちなみに僕と彼は同郷である。僕は数年前に地元に帰って来て、ちょうどその前あたりに彼は仕事で地元を離れた。もともとお互い、地元にいなければならないという固い信念みたいなのは持っていない(少なとくも僕はそうである)。だけど、たまに彼がこうして帰ってきて、一緒にバーに行ったりして飲む。帰ってくれば自然に誰かの顔が浮かび懐かしむ。お互いに近況を報告する。そんな感じだ。どちらも酒はよく飲む。彼は普段からよく飲む。近所のバーにも行く。僕は安物の缶ビールをワンコインの範囲でちびちび飲む。家で飲む。外にはめったに飲みに行かない。ご飯も家で食べる。彼はほとんど外食らしい。下腹が出てきた、やばいと言っていた。そらそんな風なら出るやろうと思った。今年の健康診断は大丈夫だったのだろうか。また可哀そうという顔で聞いてみたいと思う。彼は笑いながら「それがなー、」と続けてくれるであろう。彼は根がポジティブであると僕は知っている。

そして、二人して歩きながら黙って煙草を吸った。しばらくそんな調子で歩いていると、公園のまん中あたりで警官が数人うろついているのが見えた。煙草はいったん吸い終えて手持ちの携帯灰皿に捨てた。彼も僕の灰皿に吸い殻を捨てた。念のため、というように。一度は警察の横を僕らは通り過ぎた。だけど彼は昔から警察が好きだから立ち止まってふり返り、じろじろと向こうを見ていた。僕もつられてなんとなく見た。何かあったのかなあと会話したが、特段騒ぎも何もないように見えた。なんやろうなと思いまた煙草に火をつけ、歩き始めた。

寒かった。

そして、話すべきことがなかった。

何の拍子にか分からないけど、彼は最近投資を始めようと考えていると言った。現政権の経済政策でごり押しされている、あの横文字の投資である。

そうなん、と僕は言った。僕は彼が結構なお金を毎月稼いでいることを知っている。もちろん具体的な金額までは知らない。そこそこもらえているという彼の言葉から推測しているだけだ。だから投資をする元手があることも分かる。一方で、それと同時に苛烈な長時間労働と新人に任せるには責任のあまりにも重い役職に就かされストレスを抱え暮らしていることも知っている。酒もよく飲むはずだ。そして疲れている。だから彼は細かい制度の内容はまだ分からないとも思う。僕もそんなに詳しく知っているわけじゃない。でもそんな状態で投資という言葉が出てくることが、何となく分かる。投資をする人は、制度を詳しく知っているから始めた人ばかりじゃないと思う。何となく、漠然と、という人が多いのではないかと、とりわけあの横文字の投資に関しては思う。たぶん。

失敗したらどうするん、と言ってみた。

失敗しても自分が賭けたものだから納得する、と彼は深みがあるように言った。

虚勢を張っているのかどうかまでは分からない。だけど、そもそもなぜ投資をする必要があるのかと気になったので、訊いてみた。いまなぜ、と?

将来のことが気になるからと言う。年金がもらえるのかどうか不安だとも言った。「老後にはあと2000万が必要です」だっけ?なんか現政権が言っていたことを思い出した。その他にも将来の老後の生活のあり方について色々と、生活水準がどうとか遊びのためにはとかさまざま話した。理想的な老後の姿があるらしかった。その像についてはなんか良いなと僕も思った。

だけどそういうことを考えるのって根のところでは、いかに死にたいかを考えてるって感じ、そういうのある?、と僕は訊いてみた。

そう、と一言言葉を発したあと、その質問について彼はなにかを一生懸命に話し、そして答え続けた。重大な問題だったらしい。突然温泉卓球遊びが公式試合の様になった気がした。汗も出そうなほど熱くなった。僕はただ聞いた。だけどそれは漠然としていてよくわからなかった。球が無いのだ。なにかを猛烈にイメージして素振りの練習をするみたいだった。強迫的、とも思えた。いかに死にたいかを考えているのだろう。だけど出てくるイメージに悲壮感が無いのが不思議だった。さっきも言ったけど出てくるイメージは理想的な老後生活なのだ。しかし、そのイメージを駆動させる力はいずれ来る死という事実だった。

生きていくのは難しいなと思った。

それにしても、あの横文字の投資は逆から見て一体なにを売っているんだろう。

まさかアメリカの軍需産業関連の株を知らずに買っていたなんてことがあるとしたら、嫌だな。